これかもしれない! なにかが閃いた。
「竹内さんの料理って、久しぶりに食べたけど、やさしい味で、
ああ竹内さんの料理だなぁ。しみじみ美味しいなぁと、思った。」
「イタリヤ料理や、和食の美味しいのも、よく食べてるけど、、。、
普通は、美味しい「イタリヤ料理の味」。「和食の味」。がするんだけど、
竹内さんの料理は、なにを食べても、「竹内さんの味」がするんだ、、。」
と、フィールドノート、(レストラン部)にいらした、Nさんの一言。
これはなにか、言葉にできないような、オリジナルの原点を言っているぞ!
「竹内さんの料理って、食べ過ぎても、体がスッキリするんだよね。」
「家に帰っても、もたれないし、体がきれいになった気がする」
Kさんもまえに言ってたっけ、、、。
プロとして、レストランを開いていても、
「イタリヤ料理という料理を再現したい。」のと、
「イタリヤ料理を、自分なりの美学で構築して、美味しい物を食べさせたい。」
同じ「料理」なのに、たしかに、ぜんぜん違うあり方かもしれない。
そうそう、、それって、デザインでいえば、
例えば、「フェアーアイルのセーターをデザインする」とすると、、。
「伝統のフェアーアイルセーター」そのままを再現する。」
「伝統のフェアーアイルを使って、新たなセーターを創造する」
の、違いとでもいおうか、、、。
オリジナリティーの面白さは、すべてが素材にすぎない自由さかなぁ。
「知識」「経験」「セオリー」を踏襲することじゃなくて、
それらが、横軸だとしたら、
「こうしたほうがもっと、素敵になる」という、
その人の「感性」と「美学」という横軸を、入れていくことかもしれないね。
でも、「らしい」ほうが、、たしかに一般受けするよね、、。
だから、オリジナルを創る人はちょっと、不遇かもね。
「オリジナリティーがあること」と、「人気があること」は別問題。
価値があることってその人によって違うから、難しい。
とくに、現代は「お金になる」ことがいいこと。「人気があること」が、
「有名なことが」、「賞をとる」ことがいいこと、、。
とかく「他人の価値判断」と、「経済」が価値観の上位をしめている。
「「年収別幸せ度、ランキング」のようなものが新聞にのっていた』
と、よくきてくださるお客様が教えて下さった。
「年収が高いほど幸せと感じている訳ではない」そうだ。
う〜〜ん。そうなんだ、、。
そおいえば、
「お金があっても不安な日本人。お金がなくても幸せなフランス人」
という、本もあったっけ、、。
ブータンは「国民が幸せと感じている」ナンバー1だそうだし、、。
なんにしても、竹内さん。それは、最高の褒め言葉だよ!
(いつか、おたがい、時給500円以上になる日もあるかもね。)
(おたがい、ファンも少しであろうと、いてくれる。なんて幸せ!)
よかったね! こころの勲章だよね。
今日は、とりあえず、乾杯しよう!